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藤の屋文具店

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第十章 八つ首の竜



【神へ】

第十章

八つ首の竜


YAMATOが無事に帰還したころ、地上は大変な騒ぎになって
いた。バミューダ沖から出現した謎の飛行体が、北米のミサイル基
地を襲ったのである。

「スクランブル! スクランブル!」
「方位2ー2ー3よりアン・ノン接近」
「機数1、機種不明、あと2分で警戒空域に入ります」
「目標高度1万2000メートル」
「エンジン始動、チェック急げ!」
「228、スタンバイ」
「164、スタンバイ」
「システム、オールグリーン」
「228発進! 164続きます」
「識別表示ビーコン、850にホールド」
「ラジャー、228テイクオフ!」

2機のトムキャットは、アフターバーナーの炎を曵いて上空へと
駆け上がっていった。陽炎の立ち昇る滑走路では、ケロシンの臭い
がいつまでも漂っている。

「2番機、1万5000まで上がるぞ」
「管制センター、こちらサンダーボルト、目標視認まであと1分」
「了解、目標のコースに変化はない」
「ターゲット、インサイト・・・・な、なんだ・・あれは?」
「どうしたサンダーボルト?」
「・・・・Dragon・・・・まさか・・・・・」
「なんだと?」
「・・Dragonです、Dragonが空を飛んでいる・・・」
「おい、目を覚ませ、何を言っている!」
「防衛空域に侵入、ミサイル・サイロに向かっています」
「サンダーボルト、攻撃を開始します!」

2機のトムキャットは可変翼を開いてドッグ・ファイト体勢に入
った。前代未聞の敵に対して、まず228がサイドワインダー・ミ
サイルを発射する。熱源を関知して追尾するミサイルが、このよう
な生物に対して有効かどうか不明ではあったが、どうやら敵を認識
して追尾に入った。
しかし、ミサイルは敵の手前500メートルの地点でコントロー
ルを失い、失速して落ちた。
164は、誘導ミサイルを発射した。機体の武器管制コンピュー
ターが敵の座標をホールドし、電波でコントールを開始する。
しかし、ミサイルはやはりコントロールを失い迷走した。
「だめだ、ジャミングされてる」
「接近して機銃掃射を試みます」
228が高度を下げて、射程距離まで近づく。
と、突然228の姿勢が乱れた。可変翼がばたばたと動き、フラ
ップやラダーがめちゃくちゃに暴れる。
「コンピューターが暴走! コントロールを失います」
228は暴走しながらDragonの身体の一部に接触すると、
そのまま下へと落ちて行った。射出装置も作動しない。
「228、大丈夫か? 応答せよ」
「・・・・・ガガッ・・」
「228号機、応答せよ!」
「・・・・こちら228、なんとかコントロールを取り戻しました。
右翼翼端を大破、基地へ帰投します」
「164了解」
そのとき、Dragonが突然向きを変えて164に襲いかかっ
た。物理の全ての法則を無視するような勢いで方向を転換すると、
164に急速に接近し、8つの頭の内のひとつがかっと口を開いた。
164号機のパイロットが回避運動に入るが間に合わない。
何か霧のようなものが吹き出した。
次の瞬間164は炎に包まれ、登載していたミサイルを誘爆して
木っ端みじんに飛び散った。
一瞬の出来事であった。

「228より管制塔、武器が・・武器が無効です!」
「こちら管制塔、侵入者の正体は何だ?」
「・・・・空を飛び、火を吹く・・・怪獣です・・・」
「何をばかな事を言っている、ちゃんと報告せんか!」
「・・・・・あんた、ここへ来て見てみろ!」
「・・・・・・・・本当に生物なのか?」
「生物にしか見えません・・・・ただ・・・」
「ただ?」
「動き方と電磁障害を与えるところが・・・・・」
「何だ?」
「UFOとそっくりです」

「侵入者がサイロ上空に侵入!」
「地対空ミサイルで迎撃しろ」
「ものすごいECM{電磁障害}です、発射できません!」
「ICBMのサイロにまっすぐ向かっています」
「ミサイル・サイロに着陸しました」

基地の全員が、その怪物を見た。
暗緑色の鱗に被われた巨体に、こうもりのような2枚の翼、小さ
な前足とがっしりした後肢、肩から生える8本の長い首はまぎれも
ない伝説の怪獣「Dragon」であった。
開いた口から霧のようなものが吹き出すと、コンクリートが真っ
赤に焼けてぼろぼろと崩れ落ちた。鉄筋が完全に溶けて流れ出す。
怪物は、サイロの中にある16発の核ミサイルを喰いちぎると、そ
の弾頭を次々と飲み込んだ。

「怪物がこちらに来ます!」
「・・・機銃掃射しても無駄だとは思うが・・・」

ファランクス機銃が怪物めがけて銃弾を浴びせた。とても歯が立
たないと誰もが思った。機銃手の顔が恐怖と緊張で白くこわばる。

と、怪物の体表に無数の孔が開いた。鱗の隙間から青い体液が染
みだしてくる。怪物の足が止まった。意外な脆さに基地のスタッフ
は一瞬色めき立った。

しかし、次の瞬間、8本の首が一斉に口を大きく開くと、基地は
灰色の霧に包まれた。何が起こったかわからないまま、基地のすべ
ての物質がとてつもない高温にさらされ、一瞬の内に痕跡もなく地
上から消え去った。

あとにはただ、荒涼とした大地が広がっているだけであった。



「これが、NORADを壊滅させた生物の体組織です」

敷島研究所の実験室に、鱗に付着した肉片が届けられた。大型の
爬虫類を思わせる組織だ。ただ、血液が青い色をしているところを
みると、酸素運搬にはヘモグロビンではなくて銅の有機化合物を使
用しているらしい。
「まだ、細胞が生きている・・」
「体液を分析して、培養液を調合してみます」
美保子がサンプルをシャーレに採っていく、閉鎖的な大学の研究
室では発揮されなかった能力が、ここへ来てから急速に磨かれた。
学者に必要なのは社会的な地位や権力ではない、知る事に対する
情熱なのだ。この国から優秀な科学者が出ずに、こじんまりとした
「学問技術者」ばかり出てくるのは、教育者たちの質が低いせいで
ある事を、証明するような娘であった。

「大谷くん、遺伝子の解析を頼む」
「はい」
大谷祐子は、注意深く組織を少しはぎ取ると、ゲノム解析室へと
消えて行った。こころなしか後ろ姿が嬉しそうだ。

「ところで、」
敷島博士は生き残ったトムキャットのパイロットに向かって尋ね
た。
「その怪物は、空中で静止したり、突然方向を変えたりしたんです
ね?」
「はい、まるで慣性の法則を無視したように、でたらめな動きを確
かにしました」
「で、口から火を吹いたのではなく、吐いた霧状の物質に触れたも
のが燃え上がったのですね?」
「はい」
「機体のコンピューターの異常は、どれくらいで回復しましたか?」
「・・・高度が3000に落ちた時点ですから・・・距離が900
0メートルの時点です」
「なるほど・・・・」
「あの感覚はちょうど・・・・UFOに遭遇した時と同じでした」
「飛び方もですか?」
「はい、目視しなければUFOと区別がつきませんでした」

敷島博士の心に、何かが引っかかっていた。
もとより、世界中の伝説には「竜」が登場する。それらは神の使
い、あるいは悪魔の手先として登場し、地上に厄災をもたらすマガ
ツガミとして記述されている。
古代史の研究者たちのあるものは、これらの「火を吹く竜」の事
を、過去に地球を訪れた異文明のロケットではないかと推測した。
事実、遮光器土偶のように宇宙服を連想させるものが残されてい
る以上、その仮説には説得力があった。
しかし、もしも「竜」が実在の生物だとすると、なぜ彼らは突然
地上に現れ、化石のひとつも残さずに消えて行ったのだろう?
世界各地の壁画や伝説に登場する事を考えると、竜は一代限りの
生物だとは考えにくい。だが、生物が種として存続するには、ある
一定の個体数が必要なのである。何千年の時を越え、突然地上に現
れては消える、幻の生命体・・・・・・どこかで馴染みがあるよう
な気がした。

3日が過ぎた。

炉心は浄化細菌の急速な繁殖によって、徐々に反応が低下しつつ
あった。対流圏を漂う核生成物質も、亜理沙の活躍によって細菌が
ほとんど全てを取り込み、無害化されていた。
怪獣ヒドラ{Hydra・・バミューダ沖の海底へと消えて行っ
たDragonは、ヒドラと命名されていた}さえ出現しなければ、
敷島研究所は平常に戻るはずだったのだが、相変わらずたくさんの
学者たちでごった返していた。
しかし、誰の顔にも疲れの色は見えなかった。彼らの目は、まる
で楽しむかのようにいきいきと輝いている。
いま、古代史から進化論、遺伝学、伝染病理学、宗教にまで係わ
る壮大な謎が、その解明の糸口を見せはじめていたのである。

大谷祐子が、会議室の小さなステージで説明をしている。助手の
守山美保子が画面の情報をコントロールしている。
「これが、怪獣ヒドラの体細胞です」
画面いっぱいに細胞の映像が映った。トンネルフォトン走査顕微
鏡により撮影された映像は、生体組織を破壊する事なく観察する事
が可能なのである。
「ご覧のように、減数分裂を行う、通常の多細胞生物の標準的な特
質を備えています」
画面では、染色体が現れ、減数分裂を始めるところが鮮明に映し
出されている。
「ここの部分に注目してください!」
祐子がレーザーポインターで画面を指した。赤いスポットが、染
色体の周囲に取り付いた小さな点を照らす。その部分がズームアッ
プされた。
拡大されたその点は、バチルス・ラジアノイドであった。想像し
ていた通りである。この怪物は、進化を加速された爬虫類の未来形
に違いない。
「次に、この細胞からバチルスを除去したものの、分裂の様子をお
見せします」
画面が変わるが、細胞レベルでの差異は見られない。
「拡大してみます」
カメラがどんどん退いていく。画面に映ったのは、ありふれた魚
の肉のように見えた。血液の色は赤である。
「次に、両者の染色体にあるDNAの遺伝情報を、パターン化して
お見せします」
DNAを構成する4つの塩基が、4色の点として表示され、画面
の疑似3次元座標にプロットされる。右がヒドラ、左がヒドラから
バチルスを除去された後分裂して得られた組織である。
「バチルスの除去によって、合成されるタンパク質に変化が起きた
事を、我々は、バチルスが寄生した細胞の遺伝子に変異を与えるた
めではないかと推理しました」
一同がうなずく。
「しかし、そうではありませんでした」
左右の画面が徐々に重なっていく。完全に重なった瞬間、どよめ
きが起こった。ふたつのDNAパターンは、完全に同一のものだっ
たのである。
「次に、こちらのDNAをご覧ください」
重なったDNAのパターンが左に寄って、右の方に新たなパター
ンが現れた。
「これは、我々になじみの深い、ある生物のDNAパターンです」
祐子の、涼しい声が淡々と語る。ふたつの画像は重なりあって、
これもまた同一のパターンである事を示した。
ごくりと唾を飲む音が聞こえた
「これが、このDNAパターンを持つ生物の正体です!」

じゃじゃじゃ~ん・・と、美保子が呟きながら映像を入れ換えた。
その瞬間、会議室に言葉にならないどよめきが起こる。
ラティメリア・ラティメリア・・・俗にシーラカンスと呼ばれる
古代魚の一種である・・・が、生物学者にとってはおなじみのその
特徴的な姿を、ビデオスクリーン一杯に映し出したのである。

「では、整理してみます」
祐子の醒めた声が、どよめきを消した。
「怪獣ヒドラの持つ遺伝情報は、シーラカンスと同一でした。実験
の結果から、この遺伝情報はバチルス・ラジアノイドの存在下での
み、怪獣ヒドラの生体蛋白を合成する事が確認されています」
分子生物学のスタッフが、蒼白な顔になった。彼の立っていた大
地ががらがらと音を立てて崩れさって行くに等しい宣告である。だ
が、科学者にとっては、確認された事実こそが真理なのだ。
「これから述べることは、わたくしの個人的な推理にすぎませんが
・・・・」
前置きして、祐子は少しはにかんだ。敷島博士が、懐かしそうに
祐子をながめる。15年前の学生時代と少しも変わっていない。
祐子と目が合った。ほんの一瞬、ふたりの間に何かが通ったよう
な気がした。ふたたび学者の顔に戻って、祐子はマイクを握り直し
た。
「レトロ・ヴィルスという種族がいます。彼らは、自分の遺伝情報
を、寄生した細胞の遺伝子に潜りこませ、宿主細胞の繁殖メカニズ
ムを利用して保存させ、環境の悪い時代を乗り越えるのです」
分子生物学のスタッフが、はっとした顔をして祐子を見た。
「DNAに記載された遺伝情報の大部分は、何の役にも立たないガ
ラクタである事が、確認されています。言うなれば、我々の持つ遺
伝情報は、大容量のフロッピイにひとつだけ保存された、小さな設
計図のファイルのようなものであるとも言えましょう」
一同が無言でうなずく。
「太古に滅びたとされている生物を、もしも、誰かがその設計図だ
けを他の生物の遺伝子に隠しておいたとしたら・・・・」
会議室は騒然となった。
「バチルス・ラジアノイドには、その設計図のどのファイルを読み
出し始めるかという、いわば引き金としての作用があるのではない
かと推論できます」
美保子が、補足して説明を続ける。
「この細胞は、バチルスの存在がなくなると、蛋白合成が元に戻っ
て組織の再生産に支障をきたし、生体が崩壊するんです」
「ですから、バチルス・ラジアノイドの大発生の期間だけ出現する
生物であるといえます」
再び祐子が続ける。
「ご存知のように、バチルス・ラジアノイドには、通常の生物の進
化を促進する作用が確認されています」
「その、大進化の時期にだけ現れて、地上を破壊するようにプログ
ラムされた怪物が・・・・・あのヒドラです」

分子生物学のチーフがたまらずに口をはさんだ。

「あなたは、何物かが地球上の生物の進化をコントロールしようと
干渉し、それに敵対する存在が、それを阻むために、生物兵器とし
て、怪獣ヒドラの遺伝情報をシーラカンスのゲノム{遺伝子}の中
に織り込んでいたというのですか?」

祐子は、姿勢を正して答えた。

「はい! その通りです。太古の昔より、進化に関する環境が整っ
て、人類が次のステップに入ろうとする度、火を吹く竜によって文
明は崩壊し、進化した人類達は滅び去り、我々は何度も足踏みをし
ているのです」

会議室は、水を打ったように静まり返った。




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